2008年7月10日木曜日

今の子可哀想だなと思う

子どもの頃に子ども会で廃品回収をしてさ、男の子たちが、エロ本を見つけてワーワー言うて騒いで、隠して持って帰っていたりしたのを見たが、あれは平和な風景だったわ。

でも、今の時代は、携帯電話でちょっとネットしただけで、結構簡単にそういうサイトに行けてしまう。
どこもかしこもポルノだらけで、倫理感のハードルは確実に低くなってしまっている。

それって、女性を大切にしないといけないとかいう気持ちが育ちにくい環境だと思う。

女の子も裸をさらしたら、簡単に男が寄ってきて、チヤホヤしてくれるんだという単純な発想しか浮かんでこないし。

文学的な深い情愛とかわからないじゃないかなと。
今の子のセックスの低年齢化とか、性病の蔓延とかも、そういう「あまりにも身近になったポルノ」も原因だ。

田中康夫が書いた「なんとなくクリスタル」が、セックスに大した意味もなく曇っているわけないけど、クリスタルな感覚を持った女子大生を描いて話題にその昔なったんだけど、あれくらいから別にセックスなんて大したことないし。みたいに言えることがカッコいい感じが流行ったのではないか。

実際、セックスなんてみんなやっていて、対した問題じゃないけど。
セックスは欲望のためにするものであって、男女が結ばれて充実した関係を確かめ合うものではなくなった気がする。 しかし、実際はそれが逆に人の心をさみしくしていってるのだ。 そして、ナンクリはそのなんともいえない寂しさを描いていたと思うんだけどなぁ。 

昨日、びっくりしたのが日本の夫婦のセックスの平均回数年間17回。 ぶっとぶほど少ないと思うけど。
これって寂しすぎないか? セックスの質は日本は悪いじゃないかなと思うな。


伊豆の踊り子の学生が幼い踊り子に淡い恋心を持つ、踊り子が裸で手をふって、学生はそれを見て、ああ彼女は子どもなんだなぁという思いをするとか。 本当にいい話だよ。


性欲とか愛情とか人情とか、人間の気持ちというのは立体的なもので、恋をすることによって、ときめいて、わくわくして、手を握ってみたくて‥切なくて、こんなんじゃダメだとかいろんなことを思う。そういういろんな複雑な感情を味わいながら大人になっていくのだけど、そういうのを今の子どもはちゃんと体験できるだろうかと思う。


女の子の気持ちというのが傷つきやすくて、淡雪のようなものなのだということとか、それをそっと守ってあげたいとか。 そういうやさしい男らしい気持というは、はたして育つのだろうかと。



高校生の男の子が応援しているというマンガのゲームソフトの女の子の絵は確かに可愛い。
でも、高校生にもなってこのマンガが面白いのか‥。って思った。

考えてみたら、エロゲーは未成年買えないわけで。 そのゲームの内容の単純さとかを思うと、これで興奮して、おもしろいの?って思ってしまう。

勉強ばかりして、お友達と遊んだりせずにゲームばかりして育って、単純な思考回路しか持ってないのじゃないかなと。

つまり、心が育ってないじゃないのと。

ネットに出ている規制反対の文章とか読んでても、長々と書いている理屈のかたまりみたいな文章を読んでもそう思ってしまう。

だから、私はどうしたらいいのか。 ってわからないのだけどさ。

来るメールについて、普通の感覚で返事はさせてもらいます。

2 コメント:

ゆう さんのコメント...

こういう子どもにも簡単に貸し借りされたているエロ本やアダルトビデオ、ネットに溢れるアダルトビデオサイトこそまず規制されるべきではありませんかね。
ポルノアニメやエロゲーなんていい大人しかやっていないでしょう。
最終的にポルノアニメも規制するとして、段階を考えれば先に述べた順に規制していくべきではないかと思うのですが。
何故これらをすっ飛ばしてまずポルノアニメを規制するのか。
そんなことをしても得をするのはアダルトビデオや風俗店に関わっているヤクザくらいではないでしょうか。

さいきゆみ さんのコメント...

細かい内容について、私は決める権限もありません。過激な児童ポルノアニメの表現は規制されるべきである。それだけです。
ゲームはもちろん、すべてが含まれますが、アニメはひどすぎるのが多いというのは私の主観でございます。